2010年10月15日金曜日

心優しく、民のわずらいを知る侍だった

「沙石集」にある、[山田次郎重忠]についての無住国師の記述である。

惜しいかな、重忠は、後鳥羽上皇の起こした「承久の変」ね武運つたなく、自害の道を行かざるを得なかった。はっきり言って上皇は腰ぬけのところがあった。関東武士団の力を甘く見て、結局は隠岐に流される運命に至った。後鳥羽上皇の皇子も地方に流されたが、重忠の子たちも、首を切られ、孫は越後に流されたという。

熊沢蕃山は[侍とは“愛”である]と言った。江戸時代第一の名君と言われた「池田光政」に民を思いやる心を教えたのは番山である。惜しいかな番山も晩年、不遇の道を行かざるを得なかった。

イエスキリストは「愛」を教えた。結果十字架の道を行かざるを得なかった。

“愛”を説くものの不遇は致し方ないのであろうか?

法然上人の父は自らを死に至らしめた「敵」への仇討を息子に思いとどまらせ、出家の道を薦めた。法然はすべての人々を救う「弥陀」の慈悲を説いた。しかし晩年は讃岐に流されることに。

不遇な中でも真実を貫き、慈悲慈愛を貫き、義に生きることに人間としての本分があるようにも思う。
真実の忠義、忠孝の道は不遇の中にこそ、その光を放つようにも思う。
その真実が歴史を守ってきたのであろう。

死して真実の道を行く。もちろん不本意ではあろうが、最も価値ある人生の行くべき道がそこにあるように思う。

自己の欲望に取りつかれ、他人を貶めることも平気に生きる人生ほど空しいものは無い。
きれいごとを行っても真実は見抜かれるものである。
真の正義をこの国に確立することが出来れば、
世界の未来に範となる、良き人格の「サムライ」を生み出す、良き国民教育の理念を確立すべきであろう。真の宗教性を育てることかもしれない。
今こそ歴史を総ざらいして、真実を見出す努力に、総力を挙げるべきであろう。

経済や文化の発展もおのずとついてくるだろう。

外国からだけでなく国民からも嫌がられ嫌われるどこかの国のような政治は反面教師とするべきである。

これからの未来世界に、真実の平和と幸福と繁栄をもたらすために真実愛する心を国民にも諸外国にももたらすことのできる、真の人格を共有することのできる、そして真実と義の為に、不法と不義には果敢に戦う勇気をも備えたい。

自らの栄誉と出世のためには、罪なき者も罪に貶め、苦痛に喘ぐ民衆にも容赦ない仕打ちを与える、狂った役人根性を一掃しなければならないであろう。

真実の心を育てたい。

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